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・やおい。超やおい
財布も、携帯も持っていない。家康の所持金は約300円。生の硬貨をポケットに詰め込んで、晴れた道を歩いていた。
温かいと感じてしまう日の光で背をあぶりながら歩く歩調は、遅い。三成と並べばその差は歴然だろう。三成の平生のスピードに合わせて歩くことが多い家康は、今、自分の歩調を取り戻していた。
歩く目的はある。しかし、家康の歩調はどこか緩い。老人のようにふらふらと心もとない歩みではないが、常に逍遥めいている。焦らず、急がず、一歩一歩を確かなものとして進むのだ。
勝手知ったる所でも、そうでない所でも。ずんと構える家康の足取りに迷いはない。前三成に道が分かっているのかと聞かれて、いやと即答したらぶん殴られた。実際迷子だったとしても、道を失った者特有の心細さが家康からは微塵もにじみ出てこないのだ。
はた目、少なくとも三成から見ると、家康は相当自信満々に歩いているように見えるらしい。
ふんぞり返ってるわけでもないのだから、そこまで言われる筋もねぇんだけどなぁ、と内心家康はぼやいた。
「お、」
加えて家康の場合、寄り道と遠まわりを厭わない風がある。
それが何度三成の逆鱗に触れたか知らないが、幸い今は一人だ。
「さっきまで風が強かったからな」
大丈夫か、と足元でひっくり返って身動きのとれなくなっていた黄金虫を助けてやる。家康の指先から離れたそれは、感謝するように家康の前で小さな円をつくってから草むらに消えた。
「よかったよかった」
なんて、家康は口元に笑みを浮かべる。9割9分の人間が見落とす、あるいは見て見ぬふりをするであろう光景に、家康は足を止める。そして手を差し伸べる。
「さて・・・・」
そのせいで今、家康はとんでもない状況に身を置くこととなっているのだが。
家康にしてみれば弱りきった、しかし周りから見ればのんき極まりない声を漏らす。
「ここは一体どこなんだろうな?」
大事なことなので二度言っておこう。家康の現在の所持金は300円だった。
◆
家康にしてみれば飲み物を買いに外に出ただけだ。すぐ戻ると思っていたから、財布も携帯も持っていない。大体アパートはコンビニが近いことが一つの試金石になるのだが、家賃の割に三成の家の周りにはコンビニがない。
探検がてら探してみるさ、と笑って出かけたのが約3時間前。昔と違って合意の上とはいえ、こんな遠くまで連れ去られるとは思っていなかった家康はがしがしと頭をかいた。
電話を借りて、自分の携帯に電話してみるが一向につながらない。三成だもんなぁ、わしの携帯なんて持ち出さないかとがっくり肩を落としたのが10分前の話だ。
「流石に番号までは覚えていないな・・・」
愛の限界ではない。三成には通じない弁明だろうが、自分と実家以外の番号なんて、家康は携帯の電話帳頼りで生きている。諳んじられるわけなかった。
助けてくれとすがりつかれ、即答で快諾したら車に押し込まれた。にわか誘拐かと一瞬青くなったが、それより恐ろしかったのは三成だ。
「鬼の形相とはまさしくあれだな、ははははは」
短気は損気とはよく言ったもので、一向に帰ってくる気配のない家康に業を煮やした三成が部屋を出てきていた。そして丁度良く家康の拉致シーンに遭遇した。
『家康ぅぅうぅ!!!』
俊足を生かして迫る三成に、運転手が急発進したのはいたしかたがない。命の危険すら感じさせる憤怒の表情を浮かべて、生身の人間が車を追ってくるのだ。本当に人間なのかさえ怪しく感じるところだった。
『違うんだ!』
と、家康がいってもパニックに陥っている運転手には届かない。慌ててパワーウィンドーを開けて三成に事情を説明しようにも風の音が邪魔だ。
『三成!話をっ・・・!!』
乱れる髪も構わず家康が叫ぶ。正直、助けを求めているようにしか見えなくて火に油を注いでいるようなものだった。
『黙れぇぇ!!黙って私に助けられろぉぉ!!』
『ひいいいいい!!』
運転手がアクセルを踏む。
高速並のスピードを出せば、向こうのブースターが尽きたのも手伝って、あっという間に家康を追う三成の影が豆粒のようになった。
◆
やはり大人しく病院で待っていればよかったか、と珍しく焦った己の行動の結果に家康が後悔する。人命にかかわる問題だったし、出来れば最後まで手助けできることはしたかったが、気がかりなのは排気ガスにまみれて取り残された三成のことだ。
帰れる距離なら自力で帰ろうと思っていた家康は、聞いたこともない駅の前で腕組みしていた。その口元には、こんな時でも笑みが浮かんでいる。相当弱っていることには変わりないが、笑みは笑みだ。
「これはきっと片道300円圏内ではない、な」
本格的に困ってきた。
「忠勝に連絡、か。いやでもこんな間抜けな理由で頼るのも・・・」
近くの交番で事情を説明してお金を貸してもらおうか、それとも実家に連絡して迎えに来てもらおうかと悩んでいた家康の所へ電車が滑りこんでくる。
二両編成の、可愛い電車だった。
あれを逃したら次に電車が来るのは何時なんだろうな、なんて悠長なことを考えていると、ちゃちい無人改札越しに、中の乗車客と目があった。遠くの景色を眺めるような姿勢で立っていたのだろう。
電車はガラガラなのだ、座ればいいのにと家康の脳のどこかが考えていた。
「!」
その乗車客にひどく驚かれた。瞳孔を全開にされ、反射的に家康もびっくりする。
発車ベルが鳴り響く電車を人影が飛び降りた。丁度、二枚のドアに視界を遮られて家康の立ち位置からではそれが誰なのか捉える事が出来ない。電車が去った時には、ホームに人気はなかった。
「???」
白昼夢か、と首をひねったあたりで、無人駅のぼろくなった階段が悲鳴を挙げる。誰かが反対側のホームからこちらに全速疾走してくるらしかった。F1ばりのドラフトがうなりを挙げ、人影が改札前に止まる。
土埃の中に立つ人物は、でろでろのぼろぼろになっていた。
「家康っっ!!」
やっぱりかと酷く簡単な感想をかき消すように、家康は心底うれしそうな声を挙げた。
「三成!」
◆
無人駅のホームのベンチは珍しくその役目を果たしていた。
「・・・。・・・」
「次の電車は30分後だそうだ」
「・・・。・・・」
「そうふてくされるなよ、仕方ないだろ?」
「・・・。・・・」
「助けに来てくれてありがとうな」
ほらこれ、地域限定商品なんだって。
家康は疲れで怒鳴る気力も失っている三成に手の内のお茶缶を差し出した。
・家康の歩き方がどうしても蜘蛛の糸のおしゃか様のイメージで固定されている。ふらふらというよりは、ぶらぶら。で、遠回り。
・三成はかなり直線的。そして歩くのが早い。一般人だと小走りの域(競歩?)。言っても直らない。隣に歩く彼女が一番困るタイプ。
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