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それは年相応の口ぶりで、お花が飛ぶような満面の笑顔なもんだから。
朝から廊下でずっこけた官兵衛さんだって嬉しくなっちゃうのだけれども。
「官兵衛、おめぇ今日一日『何故じゃー』って言うの禁止な」
「は?」
家康の言っていることは滅茶苦茶だった。
「何故――むぐっ!」
「ほら、禁止だって言ったじゃねぇか」
口を乱暴に抑えられ、家康の手の向こうで官兵衛はむがむがと何か抗議した。しかし問うすべは家康によって奪われてしまっている。有無を言わさないとはこのことだ。
家康はははは、と笑ってごまかす。何かよからぬことでも考えているのだろうかと、普段豊臣ドSトリオにいじめられまくっている官兵衛は疑心暗鬼になった。豊臣思想の影響をほとんど受けていない家康に限ってそれは起きてほしくないことだったが、無茶ぶりの内容を考えるとどうにも恐ろしい。
禁止のその先、どんな罰が待ち構えているのかと考えてしまうあたりがいじめられっことして末期なのだろう。
「禁止っつったって権現、小生の脇にぴったりくっついてでもない限り言ったかどうかなんて分からねぇじゃねぇか」
馬鹿なのか?とあからさまに顔に出して官兵衛がこぼせば、家康はきょとん、とした顔を一瞬見せたのち、破顔した。
「ワシはもとよりそのつもりだぞ?」
さらりと言ってくれる。可愛いものだった。
「昨日戦場から戻ったばかりだからな、今日は丸一日休んでいいと半兵衛殿に言われたんだ」
にこにこにこにこ。何がこれだけ家康をご機嫌にさせているのだろうか。今日の青空かと問えばそうかもなと答えそうだ。
命と金の次に大事な豊臣軍のお休みを、こんなむさくるしい男の隣でふいにしようというのだからこの男もなかなかの好き者だ。とは官兵衛は考えない。この男は見た目以上にポジティブというかそう――図々しかった。
もてる男はつらいな、と三成あたりがきけば烈火のごとく怒りそうな感想を口走るが家康にはとどいちゃいない。届いていたら、それはそれでしょっぱなから官兵衛が「何故じゃぁぁぁ!」と叫びたくなるような返事しか用意されていなかったろうから幸いだ。
官兵衛が鼻で笑う。
「好きにするがいいさ。せいぜい小生の足を引っ張らないでくれよ」
ぱあ、と花が咲いたように家康の笑みがこぼれた。
「ああ!」
◆
「何故むぐぐぐぐっ」
「これくらいなんともない!そうだろう!」
本日何度目になるのか、官兵衛の口を押さえた家康は床に散乱した始末書をせっせと拾い集める。
大谷級に底意地の悪い貧乏神に憑かれたのだろう、家康を隣に配置しても官兵衛の仕事ははかどる気配を見せなかった。
山にした書類が風で散らばる、猫が入ってきて散らばる。やっと片付いたと思ったら家康を探しに来た三成の登場で始末書の山が崩れる。「今日は一日官兵衛の側にいるって決めた」とか家康が言っちゃうもんだから事態はますます酷いことになっていた。
「ほら、なんとかもうちょっとで終わるじゃねぇか。饅頭屋だって間にあうかもしれないぞ」
なんて、手習いの進まない子どもをあやすように家康が言う。城下でうまい甘味処を見つけたから、と官兵衛を誘ったのはだいぶ昔の事になっていた。
(何故じゃ・・・!何故じゃー!!)
口にこそ出さないが官兵衛は頭の中で己の運を呪い続けていた。せっかく家康が饅頭をおごってくれると言っているのに、今日中に半兵衛に出さねばならない書きものはなかなか仕上がらない。犬も歩けば棒に当たると言うが、官兵衛の場合は歩かずとも不幸が向こうからやってきてくれるようだった。そんなサービス精神は御免こうむりたいところなのだけれども。
時折官兵衛の部屋に侵入してきた猫とじゃれあう家康の姿に癒されることこそあれども、官兵衛の仕事が上がらないのでは抜本的な物事は解決しない。家康に手伝ってくれーと白旗を挙げた途端、凶王三成様のご登場なのだ、官兵衛のツキは今日も最悪だった。
「ううう、」
また喉まであの言葉が出かかっている。とうとう表情で分かるようになってしまったのか、「駄目だぞ、官兵衛」なんてぴしゃりと家康に言われてしまった。何だか年上の世話が様になっている。平生だったら官兵衛もつられて頬を緩めただろうが、今はそれどころじゃない。
「だがよう、権現」
これが言わずにいられるかとばかりに官兵衛は泣きごとを漏らした。半兵衛に見せなくちゃいけない大事な書面の上にどがりと座り込み、いい年こいてしょげ切った声で堰を切ったように話し始める。
「どうして小生だけがこんな目にあわなくちゃいかんのだ。どうしてこうも小生に関してだけ、物事はうまく進んでくれないんだ」
何故じゃ。何故じゃ。
いつだってどこだって、そう。
官兵衛は天を呪っていた。
「・・・」
家康は、少しばかり沈黙に沈んだ。
「うーん・・・なぁ、官兵衛?」
のら猫を庭に放してやると、四つん這いで官兵衛に近づく。心底困った顔のまま小首をかしげて、猫なで声を出す。真昼間、どこかあけすけとした態度で家康がやるもんだから、動作にあだっぽさは感じられなかった。
官兵衛の側まで来ると家康もまたべたーっと官兵衛顔負けな勢いで座を崩した。昨日戦場から帰ったというのだから疲れも相当残っているだろう。官兵衛の側で一日ごろごろしていた割に疲労感がぬぐい切れていないのは、言うまでもなく官兵衛のせいだった。
「おめぇはいつもそこで止まってしまうだろう?天が返事をしてくれるわけでもない。だから今日はわしが出来るだけそばにいようと思ったんだがな・・・」
まさかここまで飲まれるとは・・・。やっぱり疲れているのがいけなかったか?とひとりごちる。
「権現・・・?」
官兵衛が家康の顔を覗き込む。逃れるように家康は笑顔で隠した。
「いやな、おめぇがワシのツキがうらやましいってこぼしてたから・・・。側にいれば官兵衛にもいいことが起きるんじゃないかと踏んでみたんだが・・・」
力及ばずみたいだったな。すまん。家康の表情は苦笑へと移り変わる。
自分の運に相当自信があったのだろう、今日の朝のような勢いはどこにも見当たらなかった。しゅん、と項垂れ、力なく肩を落とす。
「お前さん・・・」
人の優しさに久しぶりに触れた官兵衛は涙ぐむ。それ以上に恨めしかったのは何と言われようと己のツキだ。黙っていれば官兵衛を骨まで残さず飲み込もうとする貧乏神の常闇だ。家康のように温かい手がさしのばされても、官兵衛はつかむことができない。
(小生は、ずっとこのままなんだろうか・・・)
そう、沈みきった声で内心つぶやいた時――――――官兵衛は気づいた。
「!」
オーバーなくらいにはっと手を当てて、頭に思い浮かんだ妙案を何度も確かめる。ぶつぶつと一通り計算し終わったのだろう、
「・・・いや、――――・・・そうでもないぞ権現」
漏らした声は震えていた。野心あふれすぎて、わなわなと震えていた。「え?」と家康が不思議そうな声を漏らすのも当然だった。
仕舞に仁王立ちして「小生はついている!」なんて叫ぶのだから、何か悪いものでも食べたのではないかと心配になってしまう所だ。
「本当か?」
家康の顔は言葉通りの調子でない。実は饅頭屋、もうしまっちまう時間なんだけどな。といいだせず、官兵衛の反応を待っていた。
官兵衛は自信満々に頷く。そして、がしっと家康の両肩をつかむと、
「権現」
家康はうかがい知ることが出来ないだろうが、真面目な顔で迫った。
「?」
「これから、お前さんに口付けてもいいか」
「うえっ!!?」
盛大に吹いた。上ずった声で「何言ってんだ、駄目に・・・」と言いかけた所で家康も気がついたらしい。
「・・・。・・・なるほど、な」
あちゃーと額に手を当てて、
「ここで拒否しても「何故じゃ」と問うつもりだな?」
疲れきった声で確かめれば官兵衛がにたりと笑う。
なるほど確かに貧乏神が嫌いそうな顔だった。
しょうせいはちせいはだからな的な。知性派の意味を取り違えている。初めて官家で何故じゃーエンドを回避できた気がする・・・。赤飯炊かなきゃ!!
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