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やっさんドマイナー祭りはじめます。
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もうちょっとお付き合いいただけると幸いです・・・




 月明かりが乱れた布団を照らしている。指し示すような明かりをたどれば、人影が一つ、真っ暗な部屋の中に潜んでいた。誰に見つかるというわけではないが、息を殺して、時の流れを肌で感じていた。
 家康は、震えている。
 もともと薄着だ。しかも着崩れに着崩れて殆ど寝巻きの体をなしていない。秋風は容赦なく家康の肌を直に撫でていった。

「ぁ・・・あ、ああ」

 泣きたい。しかし、泣くことも許されなかった。

「三成・・・」

 悪夢で馴染みのものになってしまった絶望はなかなか消えない。未遂とはいえ正夢になったと来ればなおさらだ。

「この細腕ならねじ伏せられると思ったのか・・?」

 狂ったような笑みを浮かべかけ、そんなもの徒労に終わるとふさぎこむ。震える弱々しい身体をいつくしむように家康は腕に力を込めた。
 声に出せば絶望に変わりそうな言葉だ。しかし、堪え切れず家康は吐き捨てた。

「なんで・・・っ」

 守ってくれていると思っていた。なんだかんだと言いながら、前代未聞の異常事態に陥ったこの身を案じてくれていると信じていた。
 そして―――、三成の色のない顔が蘇る。伸びてきた手に込められた意志が何度もフラッシュバックして家康の胸はつかえた。

 信じて。そして。裏切られた。
 聞き慣れてしまった女の声が泣き叫んでいた。

『来ないで!!』

 幸か不幸か全身全霊の拒絶の言葉が徳川家康らしからぬ口調だったのが、激昂していた三成の理性を呼び醒ます引き金となった。
 我に返った目で改めて家康を見れば、怯えきった顔をしている。戦場駆ける武将だなんて嘘のような防御も攻撃もできそうにない体勢で、かちかちと合わぬ歯を鳴らして三成を見つめていた。

『・・・。・・・』

 心臓が凍ったようだ。冷たい血潮が三成の身体を強張らせていく。
 居たたまれず、三成は踵を返した。

『―――っ』

 ちらと見えた表情に家康は息をのむ。
 そこまで思い返した所で、家康は弱々しく呟いた。

「・・・。・・・違う」

 酷い目に遭ったと。可哀想、可哀想と。己を哀れむ泣き声を打ち消したのは紛れもない、正真正銘、徳川家康の声だった。
 脳裏に去り際の三成の顔が蘇る。三成にあんな顔にさせたのは誰だと厳しい調子で自問し、ちりりと痛む胸を押さえた。
 すっくと立ち上がる。家康は寝巻の襟を正した。

「結局はそう、」

 長い長い吐息のあと、重々しく断言する。

「わしが見ていたのは、本当の三成ではなかったということだ」

 虚像だ。己という歪んだ鏡に照らされた、妄想にすぎないと傷心に震える心を叱咤する。都合のいい三成と心の中で作り立て、現状を飲み込もうとした。自業自得だ。それ以外にどんな言葉が当てはまる?

「わしが、―――三成を傷つけた」

 きつく閉じていた目を開けば、そこには先ほどまではなかった強い光を湛えていた。
 混乱は収まった。身体の震えはもうない。

「・・・。・・・」

 しかしこの顔で硬い表情は10秒と持たない。家康は微苦笑交じりに現状を茶化した。

「・・・かといって、三成の奴をけだもの呼ばわりはしたくないんだがなぁ・・・」

 長年の付き合いから根付いた清廉潔白・品行方正・直情径行というイメージが崩せるものではない。と、いうよりも崩したくない。崩したら最後、三成が三成でなくなってしまいそうで怖かった。
 とはいえ、そうは現状が卸さない。実際問題、婦女暴行未遂事件は成立してしまっている。
 家康はうむむむむ、と腕を組んで眉間にしわを寄せる。段々三成の好印象な部分が脳内で陰湿に犯罪めいた悪い方向に塗り替えられていくのが分かり、慌てて頭を振った。夜な夜なこちらを訪れていたのも、単なる覗きか・・・?なんて考えだしたらきりがない。

「・・・一人じゃ埒が明かない」

 思いついた案に、身体は正直に拒否感を示したが、家康はぱん、と両頬をうって覚悟を決める。

「三成と話をしなくては」

 そう、素足のまま庭に飛び出した。

 あちこち探し回らずとも、ただ漏れた気配から三成の居場所はすぐに分かった。
背中を見れば分かる。不機嫌の権化のようだ。かわいく言えば拗ねているのだが、これからコミュニケーションをとらなくてはならない身としては辛いところだった。

「み、三成・・・?」
「・・・。・・・」

 金切り声で自分を拒否した女の言葉を聞いて、ぐわっと殺気が三割増しした。振り向かれればさらに三割増しになるだろう。

(うわぁ・・・)

 襲いかかってくる気配がないのはありがたいが、正直こっちもこっちで困りものだ。わがままかもしれないが、出来れば会話なんてご遠慮したい状況だった。
 つとめて反省を色に出して、家康は口を開いた。

「さっきは・・・すまん。驚いてしまって・・・」
「・・・。・・・」

 耳は傾けてくれているだけ泣いて喜ぶべきところだろう。
 しかし、流れる沈黙は気まずくて窒息しそうなほどだった。

「なぁ、三成。お前、わしを襲う気だったのか?」

 直球勝負に尋ねてみる。三成が微かに頭を動かして家康を視界に入れた。その目は、憤懣の中にずいぶんあけすけに聞くという呆れの色を浮かべている。

「お前そんなに女に苦労「いらん世話だ!!!」」

 とうとう身体ごと振り返って叫ばれた。家康の、それなりに防御態勢を整えた格好に、いきり立った吐息を漏らす。その目は、「大体何度言っても貴様が身を改めようとしないのが悪い!!」と如実に語っていた。

「あ・・・っちゃあ・・・」

 家康が額に手を当てて呻いた。完全に裏目に出ていたらしい。それもそうだ。今の姿がどうであれ、家康の心は健全な十代男子である。中身はどうであれ若い女の悩ましい姿に平生と努めておけという方が酷なのは、我がことに分かった。

「そっか、・・・そうだよな」

 「お前も、男なんだよな」なんて、家康は一寸刻みに殺されそうな感想を漏らした。
 自分がよほど三成のことを神聖視していたのだと思い知らされる。盲目とまではいかないが、色眼鏡にはちがいない。
 若い女に対して狼になるくらいの性欲は、石田三成とて持ちあわせているという情報が脳に刻まれる。やっぱり意外で、家康は何とも言えない顔をした。

「お前がねぇ」

 なんて、孫でも見るような顔で失笑を漏らせば、

「何を言っている」

 と凄まれた。

「・・・。・・・」

 何故だろう、家康の中でまた警鐘がけたたましい音を鳴らしていた。

 

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