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現状確認というか・・・いろいろご都合主義で押し進めていきます
「刑部は…」
「今は安芸への使者として空けている」
「わしが戦に出るのとすれ違ったか…」
家康はやるせなさそうに首を振る。眉間によった皺はなかなか取れそうになかった。
朝日を眩しそうに睨む三成は、そのままの眼力で家康を捕らえる。昨晩の失態を取り繕うように、普段よりも二割増しの剣幕でその頭からつま先までを目でなぞる。
今、家康は。紛うことなき男の体を取り戻していた。精悍な顔付きには似合わぬ、影のある笑顔を浮かべている。
三成の視線もとい死線に気付いて、笑みはたちまち微苦笑に移り変わった。
「参ったなぁ」
「ふん、自業自得だ」
「今は反省しているさ…」
なんて悪態つく様を見ると昨日、三成の隣に現れた美女はやはり夢か幻かと思われてしまう。
夏の名残残す夜が見せる気持ちの悪い悪夢だ。
三成の見はなすような雰囲気に気づいたのだろう、家康は唇を尖がらかせて、
「本当に不安だったんだぞ。このままどこそこへ嫁がねばならぬ身になるじゃないかとさえ思った程だ」
なんていう。子供のころと大差ない表情は正直似合っているのかいないのか微妙な所だ。ただ、三成の中で昨日の残像が残っていたのか、下手な比喩表現がダイレクトに効いたのか、体力を無駄に削っている。そのことに気づかない家康は神妙な顔つきでうんうんと頷いた。
「ワシの白無垢なんて誰が喜ぶんだろうなー」
忠勝か?と小首をかしげる阿呆面を絞め殺してやりたい衝動が三成の中で爆発した。
◆
そう、一生このまま女の姿だったらどうしようかと家康が悩まなかったわけじゃない。
望月の晩、次目覚めたときの己の姿を見て、覚悟を決めなくてはならないと布団の中で怖い顔をしていたくらいだ。
『・・・。・・・』
――もし、このまま戻らなかったら。
――もう、ここにはいられないと。
『この体では、拳を振るうこともままならんだろうな・・・』
豊臣の名のもとに、力無き者はいない。いらない。三河の将という地位は剥奪され、戦国最強の名をほしいままにする忠勝とは引き離される。よくて政略結婚の駒にされるのは、易々と想像がついた。
だから翌日の朝、家康は何度も自分のほっぺたをつねった。
『本当に・・・』
これが夢じゃない、現なのだと確実もって認識するために。
◆
『まさか・・・』
そして、一寸刻みに殺してやろうと思っていた女の正体を知った時、三成はその先の言葉が言えずにいた。
殺意は消え失せたが、全く別人と化した家康に別の眼差しを向けた。
『・・・』
三成にしては珍しいどこか相手を慮るような表情だった。
『大丈夫だぞ、三成』
しかし家康の返事は短く軽い。
無理して作った割には満点はなまるな笑顔を浮かべてぶっちゃける。
『どうやらこの身体。寝直すと元にもどるようなんだ。お前も朝はいつものわしにあっただろう?』
あっけらかんとした告白に三成が脱力したのはいうまでもない。
『貴様・・・』
起きたら女になっていたなんて李徴もびっくりな状況にほうり込まれているというのにこのまぬけな調子はなんだ。虎男のように大人しく泣いていろ。珍しく心配してやっても損するばかりではないか。
『そりゃ、わしだって最初は慌てたぞ』
そう、家康は拗ねたように口を尖らせる。普段だったらどこら苛々とさせられるガキじみた態度も、小熊のような瞳でやられれば三成も気まずそうに顔を背けた。無論、家康としては無意識だろう。無意識にやっている可愛いことが可愛く映ってしまうから厄介極まりない。
『しかし幸いにもこの姿になってしまうのは真夜中だけのようだ』
だから半兵衞殿や秀吉公、忠勝にだって知られていない。
『三成・・・』と家康は三成に馬鹿みたいに真剣な口調で迫る。 物静かな獣が気張られる前にその懐に滑り込むような按配だった。三成の表情を窺うような双眸から逃れたい衝動にかられたが、ちょっと視線を下げるだけで全開になりかけている胸が見えてしまいそうなのでそれもかなわない。
『――っ・・・』
昨日襟ぐりつかんでがんがん揺さぶった男と同一人物だなんて信じられないほど、三成の態度はぎこちない。初日の家康と瓜二つだ。女体の神秘に半分恐れおののき、耳の先を赤くさせている。腫れ物にでも触るようにしか家康と向き合うことが出来ずにいた。
『・・・わしはこのことを三河武士に知れることを恐れている。非はわしにある。出来るだけ穏便に済ませたい』
頼むっと家康は無意識のうちにしなを作って三成に懇願した。
『刑部が大阪に戻ってくるまでの辛抱なんだ。―――三成、協力してくれ!』
口調こそ家康だが、声はべたな表現を用いるなら鈴を転がしたようだった。
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