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まあ、ここまできたらこうなるわな



 ―――どうやら三成の仕業らしい。
 家康は布団の中で核心を抱いたのはそう遅くはなかった。
 最初侵入者に気付いた時、家康の心臓は恐怖から踊り狂ってどうにかなりそうだったのも確かだ。この身体で乱暴を働かれたら、果たして抵抗しきれるのだろうか。もし、敵わなかったとしたら・・・?なんて冷たい危惧がぐるぐると頭の中をめぐる。
 毎夜襲う悪夢の残滓に吐き気すら感じた。視線の元凶が三成ということも大いに手伝っている。

『・・・。・・・』

 しかし降り注ぐ視線には何も悪意がない。何もしてこないし、何も言わない。そのことを悟ると、家康は逆に涙が滲みそうになるほど安心した。
 ここに、徳川家康の部屋に女が寝ていても叫び声一つ上げない人物。豊臣広しといえども、一人しかいない。

(三成、だ。絶対に)

 そうでなければ説明がつかない。お天道様が西から登ってもありえない話だが、秘密を三成が誰かに漏らさない限り、ここに徳川家康という名の女が寝ていることは誰も知らないはずだ。

(夜詰めの相手を間違えてるぞ・・・)

 なんてこっそり笑うが、心強い警護に家康はあっさりとそのやわらかい身体を睡魔に身をゆだねることができた。
 

「お前だろ?」

 猫のように白い布団に身を投げ出したまま、家康は三成を捉えて微笑みかける。別段色仕掛け云々を意識したわけじゃないが、三成の耳は赤いのが夜闇でもよく分かった。

「・・・何の話だ」
「毎晩来てるって、知ってるんだ」

 確信めいた口調で繰り返せば、三成の纏う殺気が酷いものになる。寝たふりしてたことはすまないと思う、と謝罪になりきらない言葉を転がしてから家康は身を起こした。

「おかげで寝直すのも容易かった。ありがとう」

 駄目押しの感謝の言葉は三成のうぬぼれるな、という言葉にかぶせられる。これくらいの扱い、家康は慣れっこなのでにこにこと笑い続けていた。

「・・・前をしめろ」
「え?」

 いつぞやの夜と同じ言葉を投げかけられる。言われるまで気づかなかったが、なるほどこれは乙女としては嘆かわしいありさまだった。
 「どうも男ものは着崩れやすい」そうぶつぶつ言いながら襟をきつくし直すが、すぐに緩まってしまう。帯の締め方もだるだるで、すぐに緩くなってしまう。

「うむ・・・、難しいな」

 なんて、他人事な感想を漏らせば三成が声を荒げた。今にも刀の柄に手をかけそうである。

「貴様・・・っ!!」

 別段凶刃を恐れてはいない家康は「人が四苦八苦している脇で・・・、手伝うとかないのか?」、と火に油を注ぐような言葉をつづける。
 凹凸の激しくなった身体は見慣れたとはいえ着物までは順応しきれない。
 試行錯誤の末、分かってくれとばかりに家康は手を平にした。

「まあ、気にするな」

 無茶ぶりかます。笑顔がさわやかな分、痴態も痴態じゃなくなってしまいそうだった。
 ぐわ、と三成は牙をむきかける。
 家康は、

「なに」

 と笑いかけて、けん制した。

 

 


 そして。
 言葉が時を止める。

「どうせ見るのはお前くらいだ」

 それは信頼の言葉のはずだ。

「だろ?」

 少なくとも、家康にとっては最上級のそれ。笑みは、安堵をあらわにしている。
 しかし、三成には全く別の風に聞こえていた。眉尻の下がった笑みですら、いびつになる。

「――――・・・」

 侮蔑、嘲笑、軽視。
 毎夜毎夜閨を訪れても、声もかけない。見ているだけ。そんな己が情けないことなど、自分自身がよく知っている。しかし人に、こともあろうに家康に言われると。
 嫌悪はあっという間に怒気に昇華してしまう。
 舐められたという言葉が衝撃として三成の中を駆け巡った。

「―――――――・・・・貴様」

 三成の顔から血の気が失せた。細く消えてしまいそうな月の明かりでは伺うことができないだろうが完全に顔面蒼白になっている。
 家康は気付かない。自分が今、何を言ってしまったのか。気づいていなかった。

「・・・・・。・・・・・今、何と言った?」

 三成がどすの利いた声で聞き返す。
 気づかない家康は、あっけらかんとした口調で繰り返した。

「いや、だからこんな恰好お前くらいにしか見られないんだし、別にいいだ・・・」

 皆まで言えない。
 頭が理解しなくても、悪夢に追い込まれた身体が異変に反応する。常に踵を付けて据わるのは悲しいかないくさ人の性だ。
 無様な後退とはいえ、後ろ側に尻もちをつくことで家康は三成の初撃を避けた。いつもよりも脂肪のついた尻のせいでそこまで痛くなかったのは幸いだった。

「なっ!?」

 家康のいた所に三成は獣のような体勢でこちらを睨んでくる。血眼になった双眸は家康を射すくめるには十分すぎた。

「三・・・成?」

 わななく口をどうすることもできない。これも夢なのか、と混乱する頭で家康は自問する。
 答えは、明白なはずなのに手に入れることができなかった。

「冗談、だよな?」
「――――・・・」

 冗談で済まされる顔をしちゃいない。そもそも三成は冗談なんて言わない。
 背に何かが当たる。壁だと理解した瞬間、逃げ場がないという絶望が家康の中で悪夢を蘇らせた。

「―――ひっ」

 激痛が、恥辱が蘇る。
 夢の中で何度も、何度も。身を心をズタズタにされた。無力をあざ笑うように蹂躙された。
 三成の双眸は澄んでいる。性欲に濁ることなどない。しかし、その二つの瞳の光は深すぎて、真意を読み取ることなど到底不可能だった。

「嫌だ・・・」

 ぽろ、と言葉が漏れるが、三成には届いていない。爛々と燃える瞳は家康を捉えて離そうとしない。
 また一歩、じりと距離を縮めようとした瞬間、家康が夢の中同様、女のように叫んだ。

「来ないで!!」
 

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