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 マジでキレてる5んげん(♀)と半兵衛様のお話

 

 

 



 

 罠にかかった獣の様だ、と半兵衛は思った。


 牢に入れられてからも暴れるだけ暴れたのだろう、話に聞いている以上に傷は酷い事になっている。息は荒く、髪はぼさぼさだ。負け戦から落ちのびてきたと言われれば納得してしまいそうなボロボロ具合だ。
 それでも、家康の瞳は爛々と輝いている。下手に近づけば怪我ではすまないだろう。
 この少女は殺生を嫌うが、今の姿は修羅道を行く阿修羅にも似ていた。
 両成敗として放り込まれた男の方が半兵衛の姿に完全に委縮したのに対し、家康はぎろりと半兵衛を睨む。怒気をあらわにした顔の迫力は三成といい勝負、いや、普段のへらとした笑顔を思えばとんでもない形相だった。

「やれやれ、頭は冷めていないようだね」
「・・・・。・・・・。・・・・」

 威嚇とばかりに膨れ上がっていた身体が縮んだ、ような気がした。
 人らしく言葉を使うことにも苦労しているのか、家康はなかなか口を開かない。そこの所、家康と三成とは真逆だった。あちらは一瀉千里、怒濤の口撃をかましてくる。
 豊臣に下った家康に対し、半兵衛が行ったことは三河武士と家康の隔離だった。それはいつ反旗を翻すか分からない徳川軍の力を削ぐと同時に、家康自身の力を試す狙いがある。
 家康のような人材は豊臣にも必要だ。膨れ上がる兵を確実に勝利まで歩ませる武将。単騎駆けとは違う戦場で求められる能力だ。

「話は聞いたよ。確かにそこの男にはいろいろ聞くことがありそうだ」
「・・・」

 半兵衛がちろ、と視界の端に家康と喧嘩をして放り込まれた男の姿を捉えれば「ひぃっ」と情けない声が上がる。なるほど、報告に聞く通り、目先の利に走りやすそうな顔をした男だった。
 そして、家康を舐めている。新参者で女の――かりそめの主を。
 事の次第はこうだ。家康が率いた豊臣軍は合図とともに左右から同時に攻撃を仕掛ける手はずとなっていた。それを、左翼を任されたこの男が(故郷では名の通った武将らしいのだが半兵衛は把握していない)抜け駆けをした。当然、半兵衛の布いた陣形は乱れ、味方に大きな損害をもたらした。
 とはいえ、天は時に話をややこしくする。家康率いる右翼の陣形の中にどうやら敵の忍が紛れ込んでいたようなのだ。段取りにはなかった単騎がけに工作を進めていた忍は浮足立ち、結局家康は事なきを得た。

「全く。ずいぶんと面倒くさい事をしでかしてくれるじゃないか」

 今の半兵衛ならあれはあれ、これはこれと奇麗に割り切った判断を下すだろう。
 しかし、伝達の遅れも手伝って、男は秀吉直々に労いの言葉をもらっている。軍の規模が大きいとこういう時の対応は困難だった。秀吉の言葉を覆すわけにもいかないが、男の所業を放置できるわけでもない。

「こいつが!酒の席で死んでいった仲間をなんて言ったのか・・・!!」

 そこで言葉に詰まったのだろう。八つ当たりとばかりに拳を振るえば、堅固なことで有名な大阪城の地下牢が揺れた。
 家康はぎりぎりと歯を食いしばりながらこちらを睨んでくる。半兵衛には容易く喧嘩の様子が想像ついた。
 家康の事だ。どうせ無礼講な宴を開いたのだろう。当然、死んでいった者たちのことをしめやかに語り合う時間が含まれていると考えていたに違いない。少なくとも三河武士なら必ずやる。やるに違いない。
 その時間を、仲間への思いを、彼女の言葉を借りるならば絆を、男は踏みにじった。
 半兵衛はゆっくりと目を閉じる。瞼には一連の情景が流れて行った。己の出世のための道具とでも言わんばかりの態度にまずはやんわりとたしなめる家康の姿。腹の内はともかくとして、なかなか怒気の出にくい態度に調子に乗る男の姿。
 助けてもらったことの礼でも強要したのだろうか、しかしそれくらいじゃ家康が男に飛びかかって殴り合いの喧嘩を始めるとは思えない。
 短く息をついて家康に尋ねた。

「一体何が原因だったんだい?」

 この聞き方じゃまるで親子だ。成長期真っただ中の家康を見ているとあまりいい気もちはしない。ふてくされた顔を見て、こんなに大きくなってからしつけ直すなんて願い下げだね、と半兵衛は内心呟いた。
 家康が視線を下げる。それでも、寒く湿気た暗がりの中で少女の双眸は目立った。
 少しだけ口元をわななかせて、ぽつりと告白した。

「・・・。・・・ワシが、・・・女が、」

 ―――――人の命を背負える筈がない。

「・・・。・・・なるほどね」

 半兵衛は頷いた。家康の酒がまわりきっていたら喧嘩では済まされなかっただろう。三成に比べて大人の態度を取ることが多い家康も、半兵衛から見れば人質大名時代のがきんちょだ。まだ、己の心を御しきれていない。怖ければ泣くし、悔しくても泣く。今もまた、目端に涙を浮かべていた。
 確かにきつい一言だ。豊臣に下るまでの経緯を思えば、耳に痛い言葉だった。
 さて、どうしたものかと半兵衛は思案する。家康の行動にそのまま非を唱えれば、あの男を責め殺す機会を失ってしまう。天才軍師の計画を乱した罰は、その身体で受けてもらわねば半兵衛も気が済まなかった。

「君には僕に率いた軍の様子を伝える義務がある。それを怠ったのは君の失態だし、君の怠慢が起こした事件だ」
「・・・」

 家康に言い返す余地はない。冷たい床の一点を見つめたきり、視線は動く気配を見せない。
 確かに半兵衛の言うとおり、半兵衛に即行連絡していればこんな事態にはならなかったかもしれない。全ては過ぎたことなので憶測でしか話が出来ないのだが。変えられない過去だからこそ、半兵衛の言葉はよく効いた。

「そ、そうだそうだ!!」

 静寂を保っていた男が喚く。完全に半兵衛の尻馬に乗る形で家康に罵声を浴びせた。
 先ほどの家康の八つ当たりがまだ余韻として残っているのだろう。どこかへっぴり腰だった。

「戦場はな!女が出しゃばっていい場所じゃねえんだよ!黙って後ろに引っ込んでろ!!分かったかこのクソア・・・」

 男が口をつぐんだ。半兵衛が黙らせる前だった。
 家康が、鎧を外し始めている。

「なっ・・・」

 乱暴に甲冑を脱ぎ捨て、袴を下ろす。紛うことなき生娘のくせに、男に肌を見られるとこなど気にも留めちゃいないようだ。改めて、半兵衛はその肝の太さに感嘆の吐息を洩らした。
 家康が一糸まとわぬ姿で仁王立ちすれば、男は腰を抜かす。

「・・・。・・・」

 無言の圧力の中に、家康の決意があるような気がした。直視こそしないが、半兵衛が盗み見れば、家康は何とも痛ましい姿をしている。女特有の柔らかさは、戦場で有利に働くことはない。痣の色が、暗闇の中でもよく分かった。
 それでも、背筋を伸ばし胸を張る家康の姿はどこか勇ましく頼りがいがある。陣中で縮こまっているようなタマには見えなかった。
 重々しい口ぶりで、家康が言った。

「約束する。今度はワシが、お前を守る。もう、守られているだけの身じゃないんだと見せてやる。絶対だ」
 
 短い言葉の一つ一つが重い。作った拳を見せれば、やっと本来の家康に戻ったような気がした。感情を爆発させることは不毛だと、よく心得ている。
 魅せられたように男は家康の裸体を見つめる。そこに好色の気配はなく、むしろすがすがしい雰囲気さえ漂っていた。目の前の少女がためらうことなく見せた心を、真摯に受け止めている。

 「だから―――」

 言いかけた所で、家康はふっと笑った。
 赦しの色を映した、儚い笑みだった。

「せめて、今だけ。同じ戦いに身を置いた者のために祈ってくれ」
「あ、あ・・・」

 菩薩の笑みが強張る。



 男は胸から血を流して、それ以上何もいわなかった。
 半兵衛の剣が、血の池をつくっていた。

 半拍、家康が声を失う。それから吠えた。

「何してんだ!!!」

 半兵衛の答えは淡々としていた。僅かに笑みさえ浮かべている。なまじ顔立ちが整っている分、残虐だった。

「軍規違反者であるこの男に罰を与えた。それまでだよ」
 
 剣を抜けば、男は苦痛の声とともに血を吐く。隣の牢に駆け込む家康の目の前で、男は崩れ落ちた。さっきまで憎み合っていたとは思えない豹変ぶりだ。家康はくぐもった声を洩らし、きつく瞼を閉じた。

「・・・。・・・」

 半兵衛の心は。思った以上に満たされなかった。
 脳裏には家康の菩薩のような笑みがまだ残っている。胸の内は妙に荒れていた。家康が男との絆とやらを得ようとしたことが癪だった。だから断ち切ってやった。聡明な半兵衛はそれが子供じみた感情だとわかっていて、男を殺した以上、事態を丸く収めることもできないことも瞬時に理解している。
 上手くいかないことに、苛ついた。
 口を開こうとした家康をすかさず半兵衛が阻む。

「君は一晩そこで頭を冷やすといい。君なら、自分が置かれた立場を理解できるはずだ」

 半ば脅すように言いきると、「――どうして」「こんなことをしなくても――」「――半兵衛殿、わしの話を――」家康の言葉を無視して半兵衛は背を向ける。
 無言のまま歩きだそうとした―――その時だった。

 涙をひっこめた家康が声を張ったのだ。

「こちらを見ろ!半兵衛!!!」

 半兵衛は思わず振り向いてしまった。

「!」

 激しい後悔の念が半兵衛を襲う。びり、と家康のまなざしに体が震えた。
 仁王立ちする家康の後ろに丁度落日の日が差し込んできている。逆光で家康の身体は殆どが闇に包まれ、身体の輪郭を微かに橙の光がなぞる。黄金色の家康の双眸が光っている。
 神秘的な光景であると同時に、家康の放つ、とてつもない覇気に半兵衛は立ちすくんだ。
 逆に頭は妙にさえていた。今までの家康との記憶が大波のように押し寄せてくる。こんな気迫を、いつ身につけたのか。
 これほどまでの覇気を放つ者を、半兵衛は一人しか知らない。
 女という縛りをかけるなら、今まで一度もあった事がなかった。
 
 人の命を背負うなんて生ぬるい。
 人の上に立ち、人の命を使う者だけが持ち合わせる恐ろしいオーラだ。
 それを、目の前の少女も持っていると言うのか。
 ――豊臣秀吉同様に!!? 

(認めたくない!!!)

 嫉妬の炎が一瞬半兵衛を包んだ。
 が、瞬間半兵衛はふっと息をついて身体の熱を抜いた。
 これ以上失策を重ねる必要はない。家康の怒りに呼応すれば、泥沼になることは目に見えている。
 猫のような笑みを浮かべて、瞳孔まで見開いた家康に言いはなった。

「僕はもう少し大きい方が好きかな?」

 途端、家康は鳩が豆鉄砲くらったみたいに呆けた。何を言われたのか、考えること数秒。半兵衛の視線がどこに向かっているのか気付いたのだろう。耳まで赤くなって袴で前を隠す。「は、半兵衛殿!」という声は震えていた。それが本当におかしかった。同時に、まだ己はこの娘に対して優位に立っているということを確認し、安心した。
 「話の腰を折らないでくれ」という言葉を無視して、半兵衛はその隙にくつくつ笑いながら表に出てしまう。
 もう、ここにいるのは初心な少女だ。王者ではない。
 秀吉と比べるなら家康は発展途上、まだ完成されていないということなのだろう。

「それならそれで構わない。むしろ好都合だ」

 ここで家康と揉めるのは避けたい。あの少女が人の上に立つ資格を持っているというのなら、自分はそれを十二分に利用してやればいい話なのだから。

 半兵衛は完全に闇に落ちた牢を見やった。


「僕の夢のために、これから存分に働いてもらうよ。家康君」

 

 女には興味ないですって顔した人の、助平なカウンターが、好きっていうか・・・うんそう、萌えますww
 急いで書いたからなんか話が突飛・・・あ、いつものことです。気が向いたら書き直しますー

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