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権現様逃げて超逃げて
元親に声をかけられる直前まで昔の思い出に浸っていたからか。白昼夢にしてはたちが悪すぎる。
ちら、とだけとはいえ、視界に飛び込んできた姿に家康は持っていたグラスを落としそうになった。今日下ろしたばかりの礼服にシミをつけるわけにはいかない。完全に落っことすと思ったのだろう、元親がキャッチする気で構えた。
「おっとと、おい、どうした」
「あ、いや・・・」
確かめようと首をのばしかけて―――やめる。確認をとる、否、確認をとろうかとるまいかと迷っている時間すらも惜しい。心臓が時を刻む。貴重な時間を、血潮のリズムが裂いていく。それすら惜しい。
誰一人、この鬼ごっこに巻き込むわけにはいかない。元親から顔をそむけた一瞬で、家康は拡散しかけた思考をまとめた。そして決意する。
馬鹿に明るい声で、
「元親、ちょっとこれ預かっててくれないか」
「んあ?クロークに置いてこなかったのかよ」
「ああ、ロックかけてあるとは個人情報が詰まってるしな」
「どこ行くんだ」「厠」「それくらい持ってけよ」「昔大学のトイレに携帯落して途方にくれてただろ?」そこまで言った所で元親が破顔した。返す家康の笑顔はどこか歪だった。
いつか話せる日が来ればいい。そう、恐怖で強張りかけた心が呟いていた。
「すぐ戻る」
そんな嘘さえ、吐き出せば胸が締め付けられるようだった。
◆
劇場のようなおごそかなドアを開ければ紫煙が流れ込んでくる。けほ、とその煙を避けるように家康は廊下を進み始めた。丁度家康たちのいた大ホールの隣の小ホールの宴はたけなわらしく、にぎやかな声が人気のない廊下に響いてきている。
「―――っ」
家康は半ばもぎ取るように首のタイを外した。
乱暴な手つきで第一ボタンを開ければ、少しだけ息ができるようになる。
後ろの気配を探った方がいいんじゃないか。全てが杞憂で終わるんじゃないか。どこまでも楽観的な頭の一部が囁く。黙らせるのにそう長くはかからなかった。
「ひっ」
言葉は聞き取れない。しかし、なんて言ってるのかなんて百年前から知っている。
幽鬼が獲物の名を、自分の名を、叫んでいるのだ。
「見間違いじゃなかった・・・」
うれしくない感想を呟きながら家康は全力で駆けだした。
階段を3段飛ばしで駆け下りてから適当な階で廊下に飛び出す。「きゃ!」「すまん!!」なんて、部屋番号が並び続ける廊下を人とぶつかることも構わずに疾走すれば、あっという間に非常階段にたどり着いた。
「!!」
ためらっている暇はない。
ただでさえ常時のスピードは向こうがずば抜けている。
施錠を破壊する勢いでドアを開ければ、びゅうと冷たい風がほてった家康の身体を撫でていった。
地上は遠い。奈落を思わせる暗闇が眼下に広がっていた。
家康は、
「・・・・」
足音を殺して階段を上がる。ぬき足、さし足、忍び足。猫のような足取りで一段一段慎重に。高所恐怖症かとさえ思わせる。先ほどまでの慌てようが嘘のようだった。
忘れもしない第一回目の誘拐騒ぎから、三成との裏のかき合いに慣れてしまった自分が悲しい。自分ひとりの問題なら家康は、大人しくさっさと攫われただろう。三河の、果ては日本の、何より「忠勝」のことを思えば、今回は絶対に三成に捕まるわけにはいかない。逃げて、逃げて逃げて、どこまでも逃げ切ってやるつもりだ。
「・・・・。・・・」
息を殺して階段の隙間から踊り場の様子をうかがう。あの怒号もまた幻聴だったら、という祈りをぶち破るように重たい非常階段が勢い良くあいた。
あまりの速さに三成の姿はちゃんと確認できない。白い狼が転がり出てきたようだった。飢えと怒りで、とんでもない顔になっているのが暗闇でも分かる。
かんかんかんかんかんと素早いリズムで足音が遠くなっていく。
「・・・」
何も聞こえなくなったあたりで家康はまた息を殺して下の廊下に戻っていった。
「三成・・・相当おっかない顔してたな」
額に手を当てて疲れ切った声を漏らした。ほとんどいつものこととはいえ、ああなってしまった三成に言葉は通じない。見つかったら最後、何されるか知れなかった。
「なんとか地上に降りれば、地下鉄の接続使いまくって撒けるかもしれないが・・・」
自分に希望を与えてみるが、全然気持ちは軽くならない。阿修羅のような形相の三成の姿は早々頭から離れるものではなかった。
「はああ・・・」
廊下をとぼとぼ歩いていた家康は迷うことなくSTUFFONLYと書かれた扉を押す。一気に印象が変わった廊下を歩きつつ、業務用エレベーターを探した。
さすがに猪突猛進な三成がここまで己の足取りを捉えられるはずがない。疲れのせいかかなり失礼な言い草を隠そうともせず家康はじっとエレベーターが来るのを待った。
「本当はもう一度三成に姿を見せるのがいいんだろうがなー・・・」
そうじゃなければ三成のことだ。自分を捕獲するまでありとあらゆる手段を使うだろう。三成は社長のためならどんな手段もいとわない。どんな、手段も、だ。
豊臣の秘蔵っ子と元親が称するのも無理はない。切れすぎるジョーカーのように、三成が狙いをつけた会社はことごとく乗っ取り、または倒産の憂き目にあっている。
まだ合法的なだけかわいい方だと脳のどこかが呟いた。それもそれで悲しい感想だった。
家康が心底うんざりした口調で呟く。
「あのスクールジャックはもう勘弁してほしいぞ・・・」
家康的には普通に新入生としてゴールデンウィーク明けの授業に参加していただけだった。普段と違ったのは実験だったために居残りを覚悟していたくらいで、よもやまさかスプリンクラーから催涙ガスが流れてダースベーダーのようなガスマスクをした三成に攫われるとは思ってもみなかった。
確かに丁度北条と豊臣の契約話がこじれ始めた頃で、家康の身辺警備も厳しくなっていたが、
「テロは駄目だろう、テロは」
といった所で三成には通じないのだから辛い所だ。今回も己が姿を現すまでパーティー会場の人間を人質にとるくらいの所業、あの男ならやりそうだ。司令塔に大谷吉継がついていればなおさらである。
狂ったように啼く警報ベルと死屍累々と倒れる学生たち(皆命に別条がなかったからよかったが)、そして掠れいく視界の中シュコーシュコーと奇妙な音を立てながらこちらに迫ってくる三成の姿は――――ぶっちゃけホラーだ。
「今日は捕まらずに帰れますように」
なんて、普段はすがりもしない神に頼み込んでみれば、間抜けな音ともに無人のエレベーターが到着した。幸先よい。
地上階か地下階下で一瞬迷って地下のボタンを押す。なるだけ人に触れないようなルートを通って行方をくらまさないといけない。己を目撃したというだけで三成の刃物で脅されては可哀想すぎる。
今までで一番長いため息を漏らしつつ家康は壁に背を預けた。礼服は走りづらくてかなわない。よりによって今日を狙わなくても、と思った半面、確かに伊達、徳川の結びつきがより堅固なものになるであろう今日を狙わなくていつを狙うのだとひとり頷いてしまった。
「半兵衛殿・・・あなたの采配なら頷ける」
竹中半兵衛のうすら笑いを思い浮かべつつ、家康は肺の空気と一緒に言葉を吐き捨てる。
おかげで閉まるエレベーターの扉に見慣れた白い手がかかった瞬間、絶叫することができなかった。
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