[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ちがうんだ、乱れたシャツとか後ろからいたずらとかそんなつもりは・・・あったんだ。
それはB級ホラー映画のようにはた目から見れば滑稽な場面だったのだろう。シチュエーションもチープだし、空寒い印象を与えるとはいえ電気がちゃんと付いているエレベーターホールに幽霊なんて普通現れない。とどめにメインヒロインがうら若い乙女じゃないのだ、ガタイのいい野郎がおののき恐れる様など見て誰が喜ぶというのか。
「あ、ああ、あ・・・」
それでも、この三成は相当のものだった。家康の腰は抜けそうになった。
「家康ゥ・・・!!!」
「ひぃっ!!」
エレベーターの扉が無理矢理開かれる。三成の手が人並み外れて白い生で本当に化けて出たのかと思ってしまった。そうでなくても、非常階段を引き返してきた時間としては早すぎた。
一瞬とはいえ撒かれたと気づいた三成の顔は般若のようになっている。パーティー会場には給仕として忍び込んだようだが、こんな挙動不審な給仕誰も突っ込まなかったのかと家康は泣きそうな声を漏らした。
恐らく竹中半兵衛の計略であろう、豊臣の秘蔵っ子である三成の姿はなかなか表に出ない。故に名前だけが独り歩きしている状態だ。代わりといっては何だが、一般人の耳には届かない大阪の動き、合法的とはいえない豊臣の経営戦略の影には必ず三成の影がある。豊臣の御ため、汚れ仕事という汚れ仕事を一手に引き受けているようだ。
今まで何人の要人が旅行先で姿を消したのか知れない。家康自身もまた、三成の被害者の一人だった。
「み、三成・・・」
家康の掠れた声の返事とばかりに三成の手の内の銃が唸った。額に押し当てられた冷たい鉄の塊は、それがレプリカなんかじゃないことを克明に伝えてくる。
生唾を飲み込んで三成と対峙すれば、
「両手を壁に付けろ」
出会った頃となんら変わらない絶対的な口調で命令された。エレベーターのドアが完全に閉まってしまったことを三成の肩越しに確認する。
家康は大人しく三成の言葉に従った。現行犯逮捕された犯人よろしく、三成に背を向ける。
すかさず後ろから三成の入念なボディチェックがかかる。慣れた手つきで家康の所有物を探した。
「携帯電話は」
「上に置いてきた」
そうじゃないとお前、GPS機能ごとワシの携帯壊すじゃないか。なんて、喉まで出かかったけれど言わない。三成のことだ、秀吉様の前で口さえきければ事足りると、家康の足をぶっ放すくらい簡単にやってのける。
腰のあたりを丹念に探られながら、家康は三成に低い声で尋ねた。
「三成、頼むから」
壁をつかむ指先を凝視したまま、少しだけ言葉を溜めて、
「今日はもう逃げないから・・・。独眼竜たちに手を出さないでくれ」
恥も矜持もない。やけにあっさりした嘆願だった。
「フン、手前勝手な理論だな」
三成はすぐさま切って捨てた。足首に何か隠していないか、そこまで一通りチェックをかけた後、家康のこめかみに銃口を突き付ける。それはぐり、と嫌な音を立てた。
「貴様はいつもそうだ。仲間を傷つけないでくれと口先ばかりで抜かし、結局あの鉄屑をとる」
「―――忠勝はっ!!」
鉄屑なんかじゃない、そう言いかけてひざ裏を思いっきり蹴られた。
身体を支えきれない。鈍い音がして、家康の額が壁にぶつかった。
「何が違う?私は貴様を常に見ている。貴様が「忠勝」を選ばなかった時があったのか?」
家康から悔しそうな声が漏れた。情けない自分自身を、悔やんでいた。
「忠勝は、戦争をするために生まれたわけじゃない・・・!豊臣秀吉には渡さん!!」
声を荒げてはいけない。挑発にのるな。そう頭の一番冷静な部分が叫んではいる。
しかし、口から飛び出した言葉は返ってこない。技術屋として譲れない最後の一線をいつも三成は踏みにじってくる。大抵のことなら笑って流せる家康も、ついつい感情的になってしまう。
三成の銃が火を噴いた。
◆
消炎の匂いが鼻につく。連想ゲームのように孫市の姿がよぎったあたり、まだ五体満足に生きているのだろう。ぱらぱらという音で、ぶち抜かれたのは己でなく天井だと家康は悟った。
「秀吉様だ、呼び捨てにするな!」
「熱っ・・・!」
熱伝導率が高いとはいえ、まだ銃口の当たりは人肌耐えきれるものではない。ずるずると床に倒れそうになる家康に三成は「立て」と短く命じた。その気のあるものならよだれを垂らして喜ぶシチュエーションだろうが、生憎生命与奪権をもてあそばれて嬉しがる趣味は家康にはない。
両手と頭の三点でなんとか身体を支える。右こめかみに突き付けられたままの拳銃がいつまた轟音を発するか分かったものじゃない。そう考えるだけで、喉がからからに乾いた。
「ハァ、ハァ・・・」
頭がだんだん冷静になってくる。これ以上三成を刺激させても何もならない。
状況は変わった。もう、自分は鬼に捕まってしまっている。トムとジェリーのようにするりと逃げ出せればそれに越したことはないが、銃まで持ち込んでいる三成のことだ、犠牲者を出してまで徳川家康誘拐というミッションを完遂しようとすることは目に見えている。
同時に豊臣に敵なさんとする龍の影がよぎる。こんな機会、めったにないと好戦的な笑みを浮かべている。しかし、家康の脳裏には夜空を切り取ったような冴えた青が、血の色に染まるビジョンがよぎっていった。
(・・・駄目だ)
すぐさま頭を切り替える。耐えろ。その三文字を頭と体に刻み込んだ。
「――――ぃっ!」
いきなりのことに家康は声を殺しきれなかった。
器用にも三成は銃を突きつけながら、空いた手で家康のシャツのボタンをはずす。丁度腹の上あたりから手を滑り込ませてきた。外に長くいたせいだろう、家康が肩を震わせるほど冷たかった。
全力で走っていた家康の身体との温度差は大きい。三成の手が身体を滑るたび、家康の手に力が入る。吐きだすつてのない感覚が身体の中で暴走する。気づけば背にぴったりと三成が張り付いてきていた。冷たい耳がうなじのあたりに当たっている。
「三成っ・・・!」
髪が壁にこすれて軽い音を立てている。それに勝るとも劣らない弱々しい声で家康は三成の名を呼んだ。
「嫌だ、やめ」
「煩い」
耳を食まれて、というか齧られて家康の膝が笑った。先ほどとは違う意味で息が荒くなる。いや、命を三成に握られていると嫌でもこめかみのあたりで思い知らされている現状が変な相乗効果をもたらしているようだ。
全身全霊の拒絶を表すように首を振る。それを拒否するように三成が家康の胸の飾りをいじる。
目的階についているというのに、扉はなかなか開いてくれなかった。
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |